海辺で育った。走っていけばすぐに海という環境の中で、浜辺には
小さな舟があり、父はたまに釣りに行った。私は子供の頃は釣竿を
もってもっぱらはぜを釣っていた。台所の土間には沢蟹が来ていた。
海までは道のない原っぱで、幼いころに鳶にお菓子をとられたこと
がある。瓦を焼く窯があり、煙突から出る煙で環境がいいとは言え
なかったけれど、のんびりとした時を過ごすことができ、幼いころ
は懐かしい。生まれ月も「うお座」で、水との縁は深いように思う。
慎ましき庭に咲きたる夏あざみ
日除けして今日の暮らしをいとほしむ
夏帽子いまもあのこを待ちてをり
青鷺や一村望む田に休み
七夕や願ひさらさら笹揺らす
森を出て青鳩マオウと鳴きて飛ぶ
雨蛙ましろき腹が窓の外
背泳ぎの蝶に出会ひし夢を見る
朝焼けの湖面に切り立つ白き峰
空蝉や眠れ大樹に抱かれて
ほうたるや籠の闇あり川も闇
蝉時雨我立つ遠き日の杜に
呼び止める声橋渡る初嵐
朝焼や大気のうねり静まれり
鈍色の屋根に音なす梅雨入りかな
呼吸する風に乗りたり蝶の旅
木戸引いて夏もするりと庭に入る
この池が終の住処の目高かな
白蓮や午後の陽射しにまどろめる
空つかむこぶしを強く雲の峰
飛び立てる夏蝶の魂この胸に
更衣きのみきのまま生きてみたし
呼ぶ声のまだ遠かりし昼寝覚
亡き人の声の聞こゆる端居かな
鵜篝の弾けて深き闇夜かな
朱をたまふカンナの道の故郷よ
睡蓮やまだ明け染めぬ尾瀬の沼
十八の刻を留めし夏館
夏館森の明かりに目覚めたる
夏菊や少女は我に気が付かず
息止むる一歩飛び去る黒揚羽
クローバー摘みし湖水や夏館
篠笛の流れて広き夏館
鳳蝶自由を纏ひ休みをり
くもの巣の幾何学模様鉄格子
自転車の風は翼や雲の峰
盆提灯ふわりと揺れて魂来る
海ありて三河の夏は揺るぎなく
高原に二羽の秋蝶出会ひけり
分け入りて藪に小さき栗拾ふ
砂糖黍かじる故郷遠かりき
脱ぎ捨てし下駄に花野の名残かな
風船の弾け飛び散る憂ひかな
宿りたる力の限りひまわりよ
驚きて蝉弾丸となりて飛ぶ
力こぶ振りて去りゆく大野分
炎帝の怒り寒暖の差十五度
漆黒の森へ蛍は舟となり
蛍火の闇の深きを川の音
天井の木目のうねり青嵐
天井をかけゆくねずみ夏の夕
夏帽子影に連れられ散歩かな
夏風邪や寝ても覚めてもなき居場所
兵児帯のうちわはエヴァか茶髪っこ
道連れは五歳の私墓参り
密談の声きれぎれの端居かな
三冊を選び図書館涼新た
黒き牛群れて草食む雲の峰
駆けて来る子らの呼ぶ声雲の峰
水底に滝落ちてゆく迷ひなく
風船の弾け飛び散る憂ひかな
蚊遣火のゆるる天井煤黒し
とらはれて眠るもよろし大花野
秋の蝉縁側に来て息絶ゆる
果てることなきうつせみよかなしみよ
うつせみのからからからと鳴きもせず
秋の虹遠き街より立ち上がる
かたつむりいのち一葉にあずけをり玉葱の目に染むことよ恋破る
深き闇ありて蛍は遊びをり
衣替え小千谷縮の縞模様
ちらし寿司母の味には届かざり
露草の闇の深さや藍の色
てんとう虫花の命を借りて飛ぶ
杜若声かけぬまま見送りし
壁紙を選べぬままに黄瓜買ふ
たどり着く赤の四葩の不思議かな
鷺飛んで青田の列は乱れをり
屏風絵の水流れきて夏座敷
白シャツの襟に糊する立夏かな
地蔵さえ頬かむりする炎暑かな
夏疾風届かぬ思ひ秘めしまま
蚊帳の中護られし日の子守唄
追ひつけぬ道追ひかける夕立かな
小さき手の白きなでしこ墓まいり
どら猫を照らす今宵の名月や
桔梗咲く庭に小さき墓石あり
稲穂揺れ風は調べとなりしかな
杜若立ち現るる夢のごと
青楓白き便せん風に揺れ
留まらぬ滝のおもての朝日かな
机には句集一冊夏帽子
蟻急ぐ道なき道もわれの道
遠ざかる人の気配や朱夏の夢
豆飯に言葉弾みし夕餉かな
サングラスフレアスカート久しぶり
流星をつかみて空は静まれり
いつだって窓は未来へ夏の雲
空蝉や空に羽ばたく命見し
◎2016年〜2008年
大海に出でし夢見るめだかかな
初飛びの子燕の空果てしなく
葉桜や見上げて待てる人のあり
百合が好きはがきの文字の強き人
浴衣着て母を追ひ越す闇深き
大空を見上げる時も蝸牛
二千年ポンペイに咲く夏の花
遠雷のひとつぶ来る隼さかな
目に見えぬ壁裂くごとし稲光
舞扇閉じしその手に思ひ込め
乱れ萩自由気ままに影揺らす
走馬燈戦後の日々を手放さじ
桜桃忌何を得んとて身を捨てん
夕立にすれ違う愛今はなく
十薬の雨に打たれてなほ強く
軽やかに下駄の音して盆踊り
暇乞いそろそろよきかこの残暑
母の声聞きて巻くなり夕すだれ
見へそうで見へぬ思ひや青簾
オルゴール聞きて珈琲夏の夕
端居には家の語り部住むらしい
影を追ふ川の蜻蛉の茜雲
ちちははの庭に桔梗の今年また
秋扇夕日しばらく眺めをり
釣忍下駄の音して振り返る
霧深く壁が隔てし国と人
その味を夜店で知りしちょこばなな
本箱に秋を探して長居かな